旅のはじまり

青春18切符で日本一周してみたい!と思い立った19の夜。

まだSNSなんて当然なく、ヤフー検索で旅人のホームページ見つけては読み漁ってた。画像1枚見るにも今でいう速度制限中みたいな遅さで、何てことのないリュック背負ったオッサンの画像とかをゆ〜っくりダウンロードして。

でも当時はデジカメが出始める直前だったから、写真の点数は少なくて、みんな文章中心で旅の行程を事細かく書いてくれてた。それがまたすごい参考になって助かった。

それから無事日本一周をして、以降も何かしら毎年旅を続けて、いつか自分も同じように旅の記録をホームページにまとめて、誰かの参考になりたい、先人たちに恩返ししたい…。

と思って早10数年!!!満を持して!!コロナで暇やから、かすかな記憶を頼りに書き始めました。当時の意思そのままに、映えるサイトというよりは、旅に興味のある人に響けばそれでいいやって気持ちでダラダラと書いています。

4日目:ウランバートル観光

朝起きて朝食。謎の子ども抱っこさせてもらった。
ナナさん達、昨晩あれから日本語の勉強してたらしい。めっちゃ感心した。完全にお酒飲んで楽しかったねお疲れ様の空気やったのに。あれからみんなで勉強とか。。それを聞いて指差しモンゴル語の本をナナさんにプレゼントすることにした。自分が持ってるより絶対に役立つわ。
それから荷物まとめて、運転手さんと早めの昼食食べて11時出発。

出る前カップルを迎えに行った時、ゲルの中が少し見えたけど自分の所とは違って2段ベッドやった。欧米人もいた。

それからクルマに乗ってウランバートルへ向かう。ロシア大統領が来てるらしく渋滞やからルート変えて移動した。ザハでチョコレート買いまくった。ゲルの形の入れ物がすごい気に入ったけど1個しかなかった。残念やったけど1個ゲットできて良かった。

ゲロゲーロ。見るからに淡水魚っぽい。モンゴルには海がないからかな。。

チーズの紐見たいなやつも美味しかった。塩きいてた。キャビアもいっぱい売ってた。2ドルで安かったから買った。あの高級なキャビアとは種類が違うんかな。。?
お寺見て、ケーキ屋さんでお茶して、小学校(昔はお金持ちしか行けなかったらしい)見たりした。

チョコケーキ、コーラで2〜3ドルくらい。生クリームふわっとしてて不思議な感じ。デパートで帽子(15ドルくらい)を買った。デパートの中は日本に比べて全体的に暗め。
円、ドル、トゥグルグ(モンゴルの通貨)どれでも使えるのはすごい。ウォッカとか買った。27ドルくらい。
デパートのエレベーター乗り場の上にモニターがあって、ヒップホップのMVみたいなん流れてた。モンゴル人がyo!とか言ってる感じ。それまで散々モンゴルのカッコいい文化見てきたので、白人のモノマネ感というか、こんなことやらなくていいのに。。と思ってしまった。
白人には日本人がやってるのもそう映ってるんかなとか色々考えた。

それからザイサン記念碑へ。ウランバートルを一望できる丘の上にある記念碑。
ここに描かれていた壁画が、“モンゴルといえば2回の元寇”くらいしかなかった知識のなさを痛感する。

旭日旗が踏まれてる絵を見て、ああモンゴルにとって日本は敵国やったんかと気づかされる。モンゴルとロシアが協力して、日本やドイツを破ったという戦勝記念碑らしい。
どっちかというとモンゴルって戦争とかには無縁のクリーンなイメージやったけど、ナナさん曰く「モンゴルはかつて世界の2/3を支配していた」という話も、盛ってるとは思ったけど、そんなイメージすらなかったから、ああこれは習ってない知識だったなと思った。忘れてるだけかもしれんけど。
帰ってきて調べたらまんざら嘘でもなかったみたいで、モンゴル帝国は当時の世界人口の半数以上を征服してた人類史上最大規模の帝国やったらしい。それを一代で築いたのがかの有名なチンギスハーン。

ナナさん、写真で見たらいい感じにも見えるけど、女っ気を出さない良いガイドさんでした。

てことで来ましたチンギスハーン像広場。でかかった。チンギスハーン、カッコ良かった。中心に立ててちょっと嬉しい。

それから音楽やら劇やら色んなショーを見せられた。でも音楽もカッコよかったな。ウランバートルは世界でもっとも寒い首都。だからか音楽も激しめで自分好みやった。

ソウルフードのお店に入ってバイキング食べた。照り焼きチキン美味しかった。ミートボールはあんまり。4人で結構喋る。そこでアクティビティの支払い(遊牧民ゲルでの料理体験とか)。ナナさんしっかりしてる。355ドルもした。日本の一万円札を交ぜて払った。ドル使い切る。トゥグルグも交ぜて計四万円。

夜になってツアーに付いてたマッサージに行った。足だけやと思ってたら全身コースもあるよとナナさん。さすが。商売人というか大阪気質なとこある。
デパートでレジ順番飛ばしたり色々すごかったもんなぁ。
ナナさんは外で待ってて、カップルと僕はパジャマに着替えてベッドに寝る。薄暗いとこで3人で寝転んで待ってると修学旅行みたいで楽しい。3人若い女性が来る。いきなり頭をハードにマッサージ始める。腕がすべすべってか粉っぽい感じ。英語?韓国語?日本語?って聞いて来た。
25歳って言ったらビックリしてた。どっちの意味でかは知らん。ボーイフレンドが日本人って言ってた。彼氏はモンゴル語話せるらしい。
寝てて自分の髪の毛がオールバックみたいになってて、あとで長いのわかった瞬間「Oh、ナイス」って言われた。お腹までマッサージされて、ふざけて腹筋に力入れたら「リラックス」って言われた。マッサージしてる子達3人は雑談しまくり。冗談言って叩きあったり楽しそうに仕事してた。
海外とはいえ若い女性にマッサージされてる彼氏見て、彼女さんはどう思ってるんやろうって気になってたけど、彼氏さん普通に喘ぎ声みたいなん出してて、彼女さんずっと下向いて黙っててマジで笑った。

帰りの飛行機。韓国までの便で横に痩せた韓国人?みたいなオッサンが座って、無茶苦茶足広げて座ってて気分悪かった。よっぽど注意しようか思ったけど、日本に着く便ならともかく、韓国の飛行機で韓国着やったから面倒臭いことにならんように我慢した。

お土産で買ったゲル型の入れ物に入ったチョコレート。めちゃめちゃ気に入った。

3日目:モンゴル遊牧民のリアルな生活

朝またギリギリに起きて9時に朝食。10分遅刻したっ
朝食も美味しかった。カップルの2人は昼からウランバートル観光へ。
ナナさんと乗馬。馬のガイドは今日も弟さんやった。
今日も馬ははじめ歩かない。途中まで引っ張って行ってもらう。ちなみに5歳のまだ若い馬らしい。馬は大体20年生きるそうな。

途中からやっと自分で馬が歩き出して、そして今日は棒をもらった!馬のお尻を叩くやつ!自分は認めてもらってるらしく、カップルもいないので、今日はいいよってことで。
チュー!って言いながらお尻を叩いてやると走る走る!!ぐんぐんスピードあがる!!操ってる感じ最高!昨日より平坦な土地やったからモンゴル感もより大きかった。

まだ寝起き感あった。

途中から他のツアーと一緒に行く感じに。(3組)その人達に馬乗るのすごい上手いと褒められる。京都と新神戸のカップルと話した。学生と社会人(女性)のカップルでタイとかも行ったらしい。エジプトトルコも8万円で行けたとか。

今度は川まで行く。イトウがおるらしい!!!
フライのリールでフライっぽくないルアー投げてる人がいた。石で水切り遊びした。馬ガイドの弟さんは上手いなぁ。5〜7回くらい。大自然で育ちましたって絵に描いたような運動神経の良い感じで、当たり前やけど何をするにも自分より上やったけど、一つだけ、お風呂で手で水をピュッと飛ばすやつ、あれを川でやったらビックリしてた。あの目を丸めた顔は忘れられん(笑)教えて教えてって唯一食いついて来て、帰り道でも言ってたからよっぽど気に入ったんやと思う。
モンゴル人は湯船に浸かる習慣がないから、斬新やったんやろうなぁ。
水をバシャバシャ掛け合いしたりホンマに楽しかった。

100年岩っていうのもあった。ここは革命後に民族が隠れてた場所で、革命が終わったと思って出て来たら見つかってやっぱり殺されてしまったらしい。

ゲルに帰ってきてランチ。チキンのスープが美味しかった。キノコがあんまり…今までの中ではハズレやったかな。
馬ガイドさんに笛吹けるラムネあげたら、僕が吹き方教えてあげる前に吹いてた。普通に知ってた。ラムネを開けるや否やすぐ周囲の人に配ってたのも印象的だった。

午後からクルマで奥テレルジへ。今日は有料のアクティビティでモンゴル人の生活体験を選んだ。カップルは街に観光に行ってたと思う。ナナさんは「乗馬しないの?」「乗馬の方がいいのに〜」とちょっと不満そうやった。

生活体験で、爆乳おねーさんの家へ。まず馬酒をいただいて、お茶ももらってそれから馬糞集めへ。馬糞はキレイに取らないとダメらしく(どういう意味かもう忘れた)、ナナさんも面倒臭そうにやってた。ひとつメッチャ蛆沸いてた。。

それから水汲み。川の湧き水みたいなとこで汲む。それを部屋まで運ぶ。

そして薪割り。長いノコを使ってナナさんと2人で2人共だるそうに切った。4本くらい?ホンマ触れた程度で、形だけやりましたという感じ。

やっと料理に。まず土がついたままでジャガイモの皮をむく。それから皮をむいたけど見たことない皮むき器やった。
ジャガイモ、にんじん(細かった)、玉ねぎ(小さかった)をそれぞれ小さく包丁でカットした。ナナさんもやって上手かった。
それから肉もカット。切ってたらもっと小さくと言われた。

写真には写ってないけどハエが飛び回ってる。もう免疫ついてどーでも良くなってたけど。

あと小麦粉で麺を作る。でもできない?クッキーも作るってなってたけど爆乳ねーさん「Oh my God」言ってて、なくなった?どうなったかわからん。あとはうちらがやるから隣のゲルにでも行っておいでと言われて、いやこれから味付けとかむしろそこを見たいんだがと思いながら隣のゲル行ったら爆乳ねーさんのダンナさんがテレビ(モンゴルのお笑い)見てた。それからテレビでトランスフォーマー見せられたけど、まじこんなとこ来てすることじゃないので、外に出てそこらへんの子どもたちと遊ぶことにした。

日本からいっぱいおもちゃ(駄菓子屋に売ってるような安いやつ)を持って行ってたので、それをあげて一緒に遊んだ。飛行機が一番ウケが良かった。まだ小さい子は水てっぽうをすぐ投げたりしてたし。。バンバン!って遊び方教えて、うわーって倒れてあげると無茶苦茶喜んで、ひたすらそれやらされた。
シャボン玉も全員めちゃめちゃ喜んで、玉を割るのが楽しそうやった。最後に液ごとあげたら、SUM41みたいなロシアっぽい子は大事そうに首からかけてた。

子ども達は砂埃だらけ。服とか含めて毎日洗うって感覚がないように見えた。

60歳くらいの日本人に声をかけられた。行くのに6日間くらいかかる湖に行ったらしい。なんでもクルマでは行けない場所で、食料とか全部馬に積んで行くらしい。馬60頭と10人くらいで行ったけど途中でリタイヤして帰ったそうな。

料理の下準備?ができたと呼ばれて、そこからさっきの野菜焼いて、肉焼いて、麺入れて、水入れて、小麦粉入れて、味付けは塩コショウで焼うどんみたいなんができた。美味しかった!(でも今考えたら塩コショウだけ旨いわけないよな?忘れた。。)
焼うどんがデロデロって説明したら、なんかわからんけど爆乳ねーさんウケてた。残念ながら爆乳ねーさんの写真はございません。決してグラビアっぽい感じじゃなくて生活感あふれる感じです。

帰る。途中白鵬が泊まったホテルとか紹介されながら、売店寄ってお菓子とお酒買って出た瞬間スコール!でもすぐ止んで、そのあと人生で見た一番でかい虹を見た!端から端までくっきり。
ナナさんがめっちゃ良い感じで写真も撮ってくれた。
恐竜の発掘場所みたいなんも見て、帰った。

虹が民家から出ててわろた

ゲルに帰って、シャワーを浴びてからガイドさん達が泊まるテントに呼ばれた。親子3人(日本人やったと思う)とガイド2人?でしばらく喋るけど、日本人のおばちゃんのお化粧講座とか始まってちょっとおもんなかったから、ガイドと子どものはじめ君と石ゲーム(モンゴルの遊び)した。1人5個ずつ石を持って、右手と左手に隠して腰に回して数を当てる。当たったらそれをもらえる。まあまあ面白かった記憶やけど、だんだんみんなテンション下がってきてそろそろ戻るかーってなった時に、ナナさんが僕だけ呼び止めて「一緒に飲みませんか」って腕握られた。ナナサーーーーン

このビール瓶すげーって思った。栓抜きがないってなった時に、瓶の底が栓の形してて栓抜きになる。だから栓抜きを使う習慣がないのかも。

それからガイドさん達と日本人僕だけで飲みながらトランプした。
女性(ナナさん、ちっちゃい人、美人な人、モンゴルっぽいねーさん)と男性(ケンダマさん、ボス、運転手)みんなモンゴル人ですげーアウェイ感あって緊張した!トランプ4枚揃えたのを用意してバラバラにして配る→円になってせーので横に渡していく→横から来たやつを加えて誰も揃わなかったらまたせーので横に渡す。それを繰り返して4枚揃ったら急いで真ん中に手を出して、手が一番上になった人(遅れた人)が負けでデコピン。

負けまくった!歌も歌わされた。おつまみにバナナチップス、グミ、美味しい砂糖のかたまり?(日本にないやつ)めちゃめちゃ楽しくて貴重な体験ができた。

それから自分のゲルに戻って、また1人で星を観に行った。夜1人で外出るなと言われてたけど。。真っ暗な草原をしばらく歩いてたら、なんか周りに気配だけ感じて、目が慣れて来たらめっちゃ至近距離に馬がたくさんいてビビった。
昼間はそこらへんにいないのに、夜は放牧されてたみたい。人生最高の星空で流れ星、天の川、動いていく人工衛星がはっきり見えた。0時から1時前までゆっくりモンゴル最後の夜を楽しんだ。明日は8:30起き。

2日目:初めての乗馬!モンゴル!

朝起きてやっと見えた宿泊者用ゲルの全貌。
これが泊まった9番ゲル。
ゲルの中はこんな感じ。4人部屋を貸切やった。
洗面所完備。
天井は開いてる。
雨の日はどうするんやろ。

9時10分前くらいに無理やり起きて朝食へ。朝5時くらいにナナさんが入ってきて薪焚いてくれてたから起きた時あったかかった。これは泊まってる間毎日やってくれた。

明るくなって自分が泊まっている風景が初めて見えた。
遠くに牛が見えた。わりと起伏がある地形で、思い描いてたモンゴルのイメージ、スーホーの白い馬感とはちょっと違った。
ちなみに足元はこんな感じ。見たことないアリが。
かの有名な高山に咲く花、エーゼルワイス見れた。
日本であんま見ない岩。
テレルジはスーホーの白い馬ってよりはハイジとか北欧みたいな感じかな?

朝食は食パン。
今日は乗馬!ナナさんとカップルと4人で馬が来る場所まで歩く。エーゼルワイスはこれだよーって教えてもらいながら。柵を越えたら馬もわりとすぐ来た。馬に一番に乗って、なんか現地の人に認めてもらえたようで「お前は初めから綱なしな」と引っ張ってもらわずに馬に乗る。(乗ってついて行く、カップルは引っ張ってもらう)でも自分の馬、全然進まない。ピクリとも動いてくれない。
しばらくしてようやく動いてくれたけど、他の馬より歩いてくれない印象だった。

馬ガイドさんが馬を連れてきた時。
乗馬自体初めて。

有名な亀石(亀の形した巨大な石)ってとこまで行く。結構遠かった。
なんか馬乗ってるーとかモンゴル来てるーとか全然実感湧かんかった。それより当時左足を骨折してたから、馬乗る時に患部にジャストフィットで痛すぎた。そしてそれをカバーしようとしてるのか膝も同じくらい激痛。こればっかは行く前から分かってたし、仕方ないけどやっぱ100%楽しむなら体万全な時の方がいいな。。と思った。
馬乗ってる時も何してる時も左足にすごい神経使うから。。

有名スポットらしい亀石。でかい。

亀石のトイレで用を足して、馬ガイドのおじさんの絵を売ってる売店に入って休む。おじさんはロシア語と多少英語が話せるらしい。すごいなー。モンゴルでは年配の人はロシア語話せる傾向があるみたい。絵はコピーじゃなくちゃんと全部油絵で描いてた。50枚はあったかな。

ナナさん。

そして帰り道。帰りは走りましょ、ってなって馬が初めて走った!
こ、これや!!って思った。
パッカパッカというあのリズム!!乗ってても飛び跳ねて全身が楽しい!!
さっきまでの何か違和感あったんはこれやと思った!トコトコトコ歩いてる時って全然楽しくない。極端に言ったらただ不快な振動が来るだけ。トコトコトコ〜が段々早くなって、切り替わってパッカパッカに変わる瞬間は最高!!馬乗ってる実感湧いた!考えたら人間でも早歩きから走りになる時って切り替わるよね。

昼ごはんは豪華で美味しかった。ギョーザが入ったピロシキみたいなん、羊肉、野菜も多くてどれも美味しい。料理はロシアっぽいらしい。
食事中、これは日本語でどう言うの?とかどんどん聞いて来て覚えていくナナさん。すごい勉強熱心で自分との差を感じた。今回は指差しモンゴル語本を買って持って行ってたので重宝した。最後ナナさんにあげちゃったけど。

午後も乗馬!雨がパラついたりしてた午前より、午後は天気が良くて風景の見え方が全然違う。風が気持ち良くてようやくモンゴルを実感してきた。馬をレクチャーするおじさん(って思ってたら27歳やった笑)は風邪かなんかで調子悪かったらしく、途中から弟さんに変わった。

ゲル訪問ってのがあって(モンゴル遊牧民のリアルなやつ)、馬の乳搾りとか見させてもらった。初め馬の子どもにちょっと飲ませて、お乳が出だしたらそのまま人間が手で搾ってバケツに入れてた。でもちょっとずつやったなぁ。馬も言うことを聞いてない馬も多くてリアルなモンゴル遊牧民が見れた。

遊牧民のゲルに入って、馬乳酒とヨーグルトを乾燥したやつとチョコをもらう。ハエが大量にいた。ハエがいすぎて食べ物についても平気になってくる。
馬乳酒はかなり酸っぱくてちょっと酸味もする。でも慣れたら美味しいってのも分かる気がした。ヨーグルトを乾燥したやつは甘くなくて酸っぱい。ゲルの中は写真が多く飾られてて、モノは少ない印象。シャワーもないらしい。

一緒に馬に乗ったメンバー。左奥が馬ガイド弟さん、左手前とその右がカップル。右奥ナナさん。右手前は誰か忘れたモンゴル人。
馬はとてつもない数いた。50頭とか。

帰りも馬はよく走った。かなり速くも走った。乗り方に慣れたのかお尻とか痛くなくなった。
自分のゲルに戻ってすぐシャワーを浴びてうとうと。。シャワーは昨日より出が悪いような。。?

夕食は茹で卵の上にキャビアが。うーん。全部美味しかった。
昼よりも少ない、スープがない。ビールも飲んだ。食事終わってしばらくしてたら眠たくなってきて、そしたらだんだんクラクラして来て、しまいに頭ぐらんぐらんして来たから、風に当たりにナナさんと外に出た。

ガイドのナナさん。

ナナさんと色んな話をした。モンゴルで超人気の朝青龍のこと、白鵬のこと、一緒のツアーのカップルのこと、東京、札幌、名古屋、有楽町、虎ノ門を知ってた。(虎ノ門、知らねー笑)
カップルさん達含めて4人で23時に星見る約束してゲルに戻った。

しばらくしてたら寝てて23時5分前に起きて集合。カップル来ないからナナさんと2人で岩のとこに寝っ転がって星空を観た。
天の川きれい。流れ星も大量。そしたらカップルも来たので、もうちょい奥に場所を移動して、大きいマントを敷いてそこで見た。雲が出て来たから退散。

夜中1時、自分1人だけでもう一度観に来た。ナナさんに1人で外出たらダメと言われてたけど。明日は8:30起き。

1日目:チンギスハーン国際空港へ

前日。仕事終わってから100均寄ってレインコートと粉末アクエリアスだけ買って、速攻家に帰る。ぎりぎりまでカバンに悩んで、結局かさ張るダウンジャケットは持って行くのやめた。
30分で準備して、30分でシャワー浴びて20時過ぎに父が迎えに来て実家へ。
フライドチキンと煮物、サラダ、にゅうめん入り味噌汁とご飯を食べて21時10分に実家から父に神戸駅まで送ってもらう。2万円いただいた。
神戸駅のハートインで水、ガム、アイスの実を買って夜行バスに飛び乗る。20代前半の部活やってます風の学生が隣に座った。

7:40東京駅に到着。成田の行き方を忘れた。特急電車は3,000円以上するらしい。。
前はどうやって行ったっけ。。思い出せないし急いでもないから普通電車で行こうと思って1,280円で切符買って待つも全然電車こない。。聞くと1時間に1本らしい。ガムとウィダーインゼリー買って50分待って電車乗った。

電車の中でトランジットのこと調べる。韓国で乗り換えやねんけど、結構時間空くから韓国観光できるかも!?とか考えてたら寝ててよだれ垂らしてて、起きたら畑とか田舎の風景が見えてきた!え!何これ!?
それでやっと確信した。やっぱり成田までこの電車で行くん初めてや。前はリムジンバスで行ったんやきっと。。どうやって手配したんやろ。。

細かいことは気にせずにそのまま成田空港駅に着いてびっくり!いきなり手荷物検査場やら国際的なノリに!
改札を外人3人組が1枚の切符で突破してて、メガネの冴えなそうな駅員が「エクスキューズミー!?」って呼び止めてて意外とやり手で見直した。

空港内でパスポート見せてサクッと検査も通って、北ウイング4Fまですんなり来て午前11:00。UFJ銀行でめっちゃ考え過ぎて2万円出すところを4万円出してしまう(←イミフ)しかも入金できない。(←これもイミフ笑)

お茶漬け屋さんで秋刀魚と豚梅のお茶漬けをハーフ&ハーフで食べた。めっちゃ美味しい。これは今のテンションやからじゃなくてめちゃくちゃ美味しい。(って日記に書いてた)980円。副菜のオクラまで美味しい。日本食はしばらくこれで最後かー。

UFJの外貨両替で予定より1万円多い4万円をUSドルに。12:30にチェック。
まだ日本やのに多国籍すぎる。。しかもコレアンエアーだけ並びすぎやろ。。ライターは預け荷物に入ってたらダメらしい。慌てて1個取るももう1個はたぶん入ってたような。。大丈夫かな。。?そもそも当時なんでそんなライター持ってたのか?(非喫煙者)

13:25にゲートイン。健康状態はMAX。コレアンエアー、隣の席は男性でちょっと年上の感じ。
寝てたらすぐに食事で起こされる。FISHを選んでサーモン焼き的なやつ、ごはんとパンとゼリー、オレンジジュース。フライト50分たたずして1晩かけて来た兵庫県上空を通過。iPod touchで遊んでたらすぐ着いた。韓国の仁川空港。

さあ初めての1人で外国でのトランジット。飛行機降りてすぐ、入国審査の場所が見えたのでいきなり行ったれーと適当に並ぶ。列で待ってたら外国人はあっちってジェスチャーされて、やっとここって言うとこに並んだら乗り換えはあっちって。。全然違うゲートの方を指差された。英語できなホンマあかんわ。
とりあえず全然違うみたいやからインフォメーションのおねーさんに『トランジット…』って言ったら、いきなり「TEL、ここ、喋れ」ってジェスチャーで受話器渡されて、電話の向こうも当然「アニョハセヨ?」みたいなことペラペラ喋られて、『トランジット。。トランジット。。』って言ってたら「Japan?」言われて、『オーイエス!』言うたら日本語話せる人が出て来て丁寧に教えてくれた。ありがたい。。でも16時の便は終わったと言われて(←トランジットのターミナルまでバスとかやったんかなぁ)、18時までゲートをうろうろすることに。

インターネットスペースで色々調べる。かなりわかった。(前もって調べとk)カジノやスパが空港近くにあるらしい。帰りは入国して遊んでやると企む。
ロッテのお土産屋でチョコレートの試食渡されて食べたら中から韓国のりが。。
USドルorウォンor円で買えるらしい。

教えてもらった23ゲートに並ぶ。今回のモンゴル旅行は、現地で直接ゲル訪ねて泊まらせてもらうとか無理なのでHISのツアーにした。この韓国→モンゴルの飛行機の中に同じツアーの8人がいるはず。。(8人というのはツアー会社から前もって情報があったんだと思われる)
てかいきなり100%モンゴル人やろっていう朝青龍みたいなんおるし(笑)日本人と思われるやつもいる。カップルが1組、そして女2人組もいる!これは同じツアーの確率高いぞ!!顔もまぁ許したろかな的な。(←むちゃくちゃ書いてて笑った)
その他カメラ持った2人組男も。。果たしてどんな8人が来るのやら。。

そしていよいよチンギスハーン国際空港に向けて出発。飛行機の中、意外と日本人多い。グループもいる。ピーナッツとオレンジジュース出てきて、うわ〜おなか空いてるのに〜って思ってたらちゃんとご飯も出て来た。
CAに「アニョニョニョニョ?」言われて首を傾げると「ジャパニーズ!」言われて、「FISHorアニョニョ?」。ジャパニーズとは何だったのか。『え、ミート?』って答えたら、そっちにしたら見た目鶏?豚?なんの肉かわからんけどめちゃ美味しかった。もしかしたら羊やったかも。モンゴル行きやし。豆腐とパンも付いてた。赤白ワインも聞かれたけどやめといた。

23:55チンギスハーン国際空港到着。コンタクトがそろそろきつくなってきた。。チェックは貴乃花みたいな人が無愛想に、てか無言やった。機内で書く紙は意外と書けた。
荷物待つ場所、めちゃめちゃ小規模。てかチンギスハーン国際空港自体がかなりちっさいイメージ。神戸空港より小さかったのでは。。?ちなみにモンゴル唯一の国際空港らしい。荷物がなかなか来んかったけど、無事にゲット。ライターも良かったんかなぁ。

ガイドさん、すぐわかった。モンゴル人の若い女性、ナナさん。一緒のツアーはあと2人らしく、カップルだった。そっか3人のツアーか、ちょっとショック。もともと5人だったけどキャンセルがあったらしい。キャンセルした2人もカップルやったらしいから、どっちみちハミる運命やってんな。

運転手さんと5人でテレルジへ。テレルジとはモンゴルの景勝地で、この旅はそそこのゲルで寝泊まりする。途中でスーパーみたいなとこに寄ってくれて、なんか買いなさいこの先はないわよ的な空気やったから水1.5リットルとエム&エムズ2袋とスニッカーズみたいなん2つ買った。
スーパーの前で変な警備員みたいな人にやたら喋られたけど何言ってんのかわからず。写真撮ってあげるよー言われたけど、暗かったし警戒してやめといた。

道は思ったほどデコボコではないなーと思いながら進む。真っ暗やのにやたら歩いてる人がいる。聞けば今日はまだ少ないという。ガソリンスタンドが点々とあるだけ。草原じゃなくて、ロシアっぽい街並み。外国って感じ。
途中から結構道悪くなって来て、そんなことよりコンタクトレンズが限界に。右目が痛い痛い。涙を流そうとも痛すぎて無理。(普段そんな乾かん方やから、やっぱりモンゴルは空気が乾燥してたんかな?)

夜中、やっとキャンプ地に着いた。ツアーの写真で見てたのと同じっぽい。9番テント。9番ゲルか。でもゲルと言っても思ってたより頑丈な造りで、鍵はかかるし、観光用なんやろうな。
ゲルではベッドが4つあって、カップルは別のゲルになったから1人で貸切り♪ナナさんがすぐ真ん中の薪を焚いてくれて、すぐあったかくなった。ってか暑くなった。
モンゴルは9月に初雪を観測するほどで、8月でも朝晩は冷えるから薪を焚いてくれるんだと思う。(たぶんHISのそういう指示なんだろうな)

疲れてたけどシャワーへ。(確か別棟)蛾が多い。石鹸とかなくてシャワーの水圧も弱かったけど想定内やったから大丈夫。シャワー3つあって良かった。トイレも3つ。

タオルを持って行くの忘れて、パンツで体拭いた。風が乾いてるから風で髪を乾かした。全然ドライヤーいらん感じ。夜中3時半くらい?現地の2時半?星がいっぱい見えた。メガネやったから微妙やったけど天の川はカンペキに見えた。

4日目:9.11グラウンド・ゼロ

朝8時ぐらいに置きて、朝食を食べた。ベーグルとドーナツ、オレンジジュース。ずっとこのホテルにいたら一生この組み合わせになりそう。
部屋に戻ってテレビを付けると、グラウンド・ゼロで大勢の被災者の家族が亡くなった家族の名前を読み上げて言葉を述べていた。
声が裏返って言葉になってない人も多くいた。日本人の名前もあったと思う。
それを見て、やべ。これはちょっと雰囲気が違うぞ。自分が考えてたパフォーマンスとか、なんか違うなと強く思った。

そこで急に思い立って、何枚かの色紙にsilent prayer(黙祷)とか言葉を書いて(この言葉自体もこの時にテレビで知ったくらいだったと思う)持って行くことにした。それまで本当はどんなパフォーマンスをしようと考えてたとか全く覚えてないんだけど、この時テレビで感じ取った空気感とか思ったことを即行動に移せたのは、同じニューヨークでグラウンド・ゼロから目と鼻の先のホテルに泊まっていたからこそ出来たことだと思う。

この式典自体も何時までやってるかわからんし、テレビ中継も結構早くからやってたみたいなので急いで行かなくちゃ、とバタバタし始めた瞬間カップに入れてた墨汁をカーペットに大胆にこぼした。こういうとこホンマ自分らしいわ…
とか思ってたら急に現実味が襲いかかって来て、これヤベ〜アメリカやし弁償問題とかなったらシャレならんってなって、東京八重洲ドコモショップでもらった濡れタオルで一生懸命拭いた。
でもカーペットにこぼした墨汁なんて早々落ちるもんじゃなく、むしろ広がる一方。マジやべー。石鹸を使うと意外に落ちることがわかり、何回も何回もカーペットと洗面台を往復して拭き取った。乾いたら何とか元どおりかなー?ってくらいまで。これにかなり時間を取られてしまった。

墨汁も落とせるSUPER8HOTELの石鹸。15年たった今も家に未使用であった(笑)

気を取り直してユニクロの甚兵衛(じんべえ)に着替えてグラウンド・ゼロへ出発。
甚兵衛なんて着ててもここはニューヨーク。全然目立たないし、誰からも指さされない。さすが世界のNYC。良い意味ですごいラクだった。

ん。完全に見られてるな(笑)

自撮りもそこそこに、地下鉄で移動。
グラウンド・ゼロに近くにつれ徐々に仕事人モードが高まってくる。

半切という大きさの和紙や太い筆を買い揃えたレシートも残ってた。

まだ足りてなかった自撮り。

この謎の看板を撮影した後は、多分必死だったんだろう。しばらく写真がなく一気に飛ぶねんけど、昨日と違ってグラウンド・ゼロは人が溢れてた。
思っていた黙祷ムードとは少し違って、政治的なメッセージを掲げた人とか、戦争反対を訴える人々、世界各国のメディア、ブッシュ政権がどうだの警察ともみ合いになってる人、横断幕を掲げてるデモ隊にチャリで突っ込んで紙をビリビリに破ってファッキン何とか言ってる中年の男、いやもうアメリカすぎて。その勢いで僕の広げてた荷物にもぶつかって来たし。
世界中から集まったテレビカメラ、新聞記者、ホームビデオ、アジア人と白人と黒人、中東の人たち。様々な言語が飛び交ってた。
まじで今ここで世界が動いてる、世界の中心にいると肌で感じた。

そこへ自分も混じって、何かをするという姿は想像も出来なかった。ここで自分がパフォーマンスをするとか完全な場違いだった。いやもう紙なんか広げた日にゃあ、あのチャリ野郎が僕にも突っ込んでくるでしょ(笑)、下手な文字書いたら警官に銃で打たれてまうし(笑)。そんな雰囲気だった。
うん帰ろ。悪いことは言わない。田舎へ帰ろ!

だけど、やるorやらないの迷いはなかった。
「やる」という前提でビビってドキドキして呆然としていた。

職場の女性上司の顔が浮かんだ。唯一アメリカでパフォーマンスっぽいことをしようと思っていると話していた相手。ここまで来てビビって帰ったんじゃ、あの人に合わせる顔がない。そう思った。

何をする為にここまで来たのか。そう自分に言い聞かせて覚悟を決めた。
色紙を並べて、ガムテープで新聞紙を貼り合わせていく。
その上に大きな和紙を広げて2枚重ねにした。
カップに墨汁を入れる。足がガクガク震えていた。
筆を握って墨を付けて、裸足になって和紙の上に立つ。

誰も自分のことなんか見ていないと思った。
一発目、筆を勢いよく和紙に下ろした瞬間、
その時急に時間が止まったみたいに周りの雑音が全く聞こえなくなった。

書ける!!!!!って思った。

みなぎった。これいけたって確信した。
すごい視線を感じたけど、もうそんなの関係なかった。
そこから自然と筆が進んで、ばっ!ばばっ!ばばば!!とぶっつけ本番やったのに最高の文字が書けた。
魂がのった。
silentprayer(黙祷)と書いた。今朝覚えたような言葉。ベタな言葉だったと思う。でも朝テレビで感じ取った雰囲気、もう、これしか書けなかった。
自分の持っている全ての力を出し切れた。

書道は一発で書き終える芸術で、筆を持ったが最後、一発勝負。
あのコレいけた、という感覚は、今でもはっきり覚えている。
実際どれくらいの人に見られていたのかは背中を向けていたのでわからなかったし、そんなに見られてなかったんだろうけどすっごい視線を感じてもいた。
あの時感じた視線は何だったんだろう。
ここで亡くなった人たちの視線だったんだろうか。

そこから色紙の1枚に「Please write your name」と書いた。これがいつ思い付いたアイデアなのか、その場で思いついたのかは分からない。

誰が一番初めに名前を書いてくれたかは覚えてないけど、みんな進んで名前を書いてくれた。胸にグッと来た。
おじいちゃん、おばあちゃん、黒人、白人、アジアの人。金髪のねえちゃん、可愛い子供たち。本当にみんな気持ちを込めて書いてくれてるようだった。
それを見て心底感動した。

印象的だったのが、おばさんで涙を堪えながら書いてくれた人。それを見てこっちも生半可な気持ちでやってたらダメだなと思った。胸に手を当てるジェスチャーをされたので、同じように胸に手を当てて返した。
言葉は通じないけど十分わかりあえると思った。

すぐに話しかけられることも多くなって、一緒に写真を撮ってください、と言われることもあった。

それからアメリカの20代後半くらいのおにーさんにもじっくり話をされた。僕が英語を話せないと言うと、気にすることはない的なジェスチャーをされ、日本とアメリカについて語り合った。2つの国が繋がっていることを左手と右手でグッとをジェスチャーされた。

金髪のおねーさん2人組が文字を書いた後、手が汚れたみたいで「too bad」みたいに言ってて面白かった。他にも筆の持ち手が濡れてる、みたいなジェスチャーをしてた人がいたので、筆で書くという自体はあまり好まれなかったように感じた。当たり前やけど墨汁に馴染みがないんだと思う。

2001年9月11日の夜、当時まだ高校生だった僕は、テレビの向こうの映像
を観て「すごい遠い場所で、とんでもないこと起こってるねんなぁ」と思ってた。
画面の端にはLIVEの文字。米国同時多発テロ。確か英語のテストの前日でした。その4年後、自分がその場所に立ってるなんて微塵も予想してなかった。何より
あれから戦争が4年続いているという事実。

中国の新聞社の記者に声をかけられた。何度もアイムソーリーローイングリシュと言った。とてもチャンスを逃しているように感じた。でも記事にしてくれるそうだ。

帰りの空港までのタクシーでもやっぱり言葉はわからないものの、どこか自信に満ちていて、胸を張ってアメリカンな景色を堪能していたのを覚えてる。

帰りのJFK空港でやたら雑誌買ってた。ゴシップ誌みたいなやつ(笑)

旅から帰って来て、こんしんさんから手紙やカレンダーをいただいた。全く覚えてないけど返事も書いたと思う。
こんしんさんは2006年の911にも現地に行かれたそうです。

3日目:NYC散策、自由の女神へ

AM7:30。目覚ましより早く目が覚めて、快眠ではないけどそのまま起きた。
シャワー浴びて朝食。地下1階の食堂みたいなとこで勝手に食べた。たぶん大丈夫なやつやと思う。
もう全員白人(ちょっと黒人)でめっちゃアメリカンな雰囲気漂ってた。ちょっとテンション上がる。ドーナツとベーグルみたいなやつとオレンジジュースを階段で食べた。(席いっぱいすぎて)

食べてからフロント行って今晩も泊まりたいと伝えると、昨晩とは驚くほど違って英語が通じる通じる!!意気投合してシングル200ドルの部屋に変えてもらった。(今の部屋よりちょっと安かったんだと思う)

くらいの記憶だったけど、15年後のこれ書いてる今改めて見ると、1泊目28,262円で2泊目+3泊目の合計が50,582円か。3泊で78,844円はまあまあしたな〜。
この時以降の人生で、こんな値段でホテル泊まったことないわ(笑)
それにしても明細見たら、市民税?とか1泊ごとにすげー取られてるな。。やっぱ海外旅行は日本でホテル取って行くべきやな。。

話は戻って、フロントの人が「新しい部屋に荷物を移動したらいい」って言ってくれたので、戻って316から315の部屋に荷物を移動してたら黒人(誰かとルームシェアしてるような宿泊者)に声かけられて、え何??みたいな感じになった。適当に説明したら分かってもらえた。

一通り荷物移動させたら、カードキーが反応しないことに気づいて困った。
たまたま通りがかった同い年くらいの白人にhelp meと声かけたら、やっぱりカードが反応しなかったので「ブローキンカード、フロントに行きな」みたいに言われて誘導された。ありがとう!
無事に新しいキーを手に入れて、出かける準備できたから、やっとこれからニューヨーク満喫!!!

ホテル出て、ビラ配りしてたオバちゃんにサブウェイ?って聞いたらトレイン?って返されたからイエスって言った。「そこ曲がったらすぐだよ」と教えてくれた。あれ?トレインの方が正しいのかな…?

地下鉄の駅全体は薄暗くて生あたたかい。

改札は動物園の入り口みたいになってた。切符売り場で買えるかな?と思ったけどこれが意外に簡単で、1日フリーと7日フリーパス、1回乗り切り。
支払いはクレジットカードとキャッシュが選べた。7ドルの1日フリーパスを購入。
ニューヨークの地下鉄は無茶苦茶わかりやすかった。路線が1とか2、AとかBで名前が付いてて、あとはそれのUPTOWNとDOWNTOWNだけ。マンハッタンの地図を上に行くか下に行くかだけやったと思う。いや東京とか大阪より簡単に乗れた。割とマジで。地下鉄は地下2階とか地下3階にも走ってた。

1dayフリーパスを購入!

電車の中は黒人でいっぱいやった。中では見知らぬ人同士が気さくに喋ってる場面も。ソーホーという街を目指し、ここが一番近いかなって駅で降りた。
地上に出たらニューヨークのリアルな街並みという感じ。ショップがあったり、バスケのコートがあったり、日差しは暑いのに風が冷たくて気持ちよかった。会社の上司にメールした。

ソーホー目指して、人に聞きながら歩いてるといつの間にかチャイナタウンへ!!み、みちびかれてる〜
そこはスルーして、結構歩いたら地図に載ってるようなブティックが並ぶ場所にたどり着いた。
D&G、ラルフローレン、ヴィトン、シャネル、ラコステ、FCUK。。たくさんまわった。普通に楽しかった。クレジットカードで服を買ったりした。

道ばたで絵やアクセサリーを売ってるエリアに来た。
針金で人を作ってるやつがレベル高かった。NYCを歩く人たちはみんな片手に水を持ってた。僕も水を買ってスタイリッシュに歩くことにした。そのペットボトルがすごい面白くて、日本でいう食器用洗剤の入れもんと同じクチをしてる。
はじめは抵抗あったけど、これイイ!!日本のペットボトルは開ける時と閉める時、必ず両手が必要になるけど、これは口で引っ張ったり押し込んだりできるから片手でいける。いかにもアメリカ人らしい発想やけど、僕はめちゃめちゃ気に入った。日本でもあったらいいのになぁ。。

買い物した服とかを一度ホテルに置きに帰って、それからホテル近くのマクドナルド行った。メニューがよくわからんから、とりあえずセットを頼んだ。
あ!ここはアメリカらしくスーパーサイズにせな!と思って、むしろそれが目的やったからスーパーサイズにしてくれって頼んだら「は?アメリカ来たらスーパーサイズがどこでもあると思ってんなよこのミーハー野郎」的な顔されて、日本のLサイズくらいのジュースを出された。これじゃない感。
ハンバーガーとかも全然でかくないし(笑)求めてたマクドナルドの写真が撮れんかった。

でもケチャップだけはアメリカンやった!カップ渡されて自分で好きなだけ入れるスタイル。

それからベタやけど自由の女神を拝みに行くことに。地下鉄でソウスフェリー駅まで行って、そこからなぜか皆ダッシュ!!とりあえず自分もダッシュ!フェリーに乗った。(無料!)最後の1本とかやったんかな?下調べもしてないのにすんなり乗れて良かったわ。。

フェリーからマンハッタンを眺めた。やっぱり高層ビルすごいな。

見にくいけどグラウンド・ゼロから光が2本直立してた。今では日本でもよくあるけど、当時はちょっとびっくりした。すごい力強い光。

フェリーではすごい風が気持ちよくて景色も最高やったけど、いつまでたっても自由の女神が現れない。うーむ。とか思ってたらフェリーが着いてしまった!このフェリーちゃうかったん!?てかコレなにフェリーやねん!

そう思いながらフェリーを降りる時、日本人の女の子2人に声かけられた。
あ!ソーホーで2回もすれ違った2人組や!!!ってすぐわかった。その時は喋ってないけど、お互い日本人おるなっていう意識で見るというか、海外あるあるやけど。それが1日で3回も出会ってしまったようで、声かけてくれた。

自由の女神のことを聞くと、ちょうど逆サイドで凛々しくそびえ立ってたという。マジかよ。帰りのフェリーを待っている間、色々話をした。
年は2つ下の今年ハタチの愛知の大学生らしい。ツアーで来てて、僕よりよっぽど英語が堪能だった。3人で写真を撮ってもらう時、This oneって言ってたしスゲー。(て書いてる)

帰りのフェリーでは3人最先端でNYCを眺めた。自由の女神もバッチリ見えた。
意外と小さかった。メアドとかはとくに聞かなかった。紳士やからね。。

帰りの地下鉄はグラウンド・ゼロが近かったから下見を兼ねて見に言った。
アメリカの国旗がビルに大きく飾られてた。高校3年の時にニュースで見たあの場所に今来てることが信じられなかった。

ホテルのあるロックフェラーセンター駅は21時をまわっていたからか近くの出口が閉まってた。ちょっと遠めの出口から出たけど問題なくホテルに到着。
夜タイムズスクエアに行く気マンマンやったけど、うたた寝してて気付いたらAM1:00まわってた。
コンタクト外して寝た。明日はいよいよ911グラウンド・ゼロです。

2日目:泊まるとこ決まってない

大変やった。空港はすんなり出れたけど、空はもう薄暗くて(でもアメリカンな感じした!)でもまあホテルくらい見つかるやろと適当にタクシーに乗った。
そのタクシーに乗った瞬間、頭がサーッとした。
乗ったら当たり前に運転手がアメリカ人(黒人)で。英語喋れないどころか、行くホテルも決まってない自分。じゃあホテルはどの辺で探す?ってのも決まってないし、それの聞き方もわからない。乗り込んだはいいけど、で?っていう。あれ?これ全然あかんやん!

タクシーの運転手と話が全然噛み合わないまま、なんか分からんけど、グラウンド・ゼロなら通じるやろとグラウンド・ゼロを連呼するもそれすら通じない。え、文章どころか単語ひとつ通じてへんやん!

テロがあった場所だの、なんとか説明してたら通じたらしく、グラウンド・ゼロに向かっていたら途中で「ホテルはどこに泊まるん?」って聞かれたからnot findやらcheap hotelやらを連発してたら分かってもらえたようで、安いホテルまで乗せてってくれるらしい。グラウンド・ゼロはキャンセルして。良かった、グラウンド・ゼロは適当に言っただけやったから助かった(笑)

右も左もわからない、ニューヨークのどの辺にいるかも全くわからん安そうなホテルの前に付けられて、20ドル札を3枚渡した。(実際は55ドル)
もう暗くて、ほんま何でも良かったからその安そうなホテル入ったけど予約でいっぱいらしく、明日も明後日も埋まっているらしい。まじかよ!ホテルなんかどこでも空きがあるとか根拠なく思ってた!

それからホテルを歩いて探すことに。しばらく歩いてたらやたら上海みたいな風景に似てきて(前年に仕事で上海行ったことあった)、結構治安も悪そうな感じになってきて、ここは田舎なんかなー?とか思ってたら中国語の看板ばっかりなことに気付く。これチャイナタウン的な場所なんやな!
魚とか売ってて臭いがするし、アメリカまで来て中華街は別にええわーと思って急いで脱出。と思ったけどかなり歩いても脱出できなかった。。

それからちょっとビルっぽい建物に戻って来て、ホテルを探すけど全くない!
ちょっと焦り出す。まず荷物多すぎ。日本人全然おらんし。。
途中、白人のちょいポチャギャルにナンパされる!!ユアテレフォンナンバー!?!?的なこと言われた。あの感じは馬鹿にされたんじゃなかったと思う。そう思ってる。
さらっとイケてる返事をしたかったけど、まじでそれどころじゃなかったのでヘラヘラして終わるアジア人。
そうこうしてたらホテルを発見!!めっちゃスタイリッシュなホテル。高そうやったけどマジでウロウロしてるの危ねえって時間帯になって来たので一目散に入った。
そしたら黒人のめっちゃ美人のスーツ着た女性がフロントにいた。(あれは映画とか含めても人生で見た黒人女性で一番美しかった)Stay OK?とか適当に聞いたらOK!やっほーやっと見つかったわって思ったら1泊400ドルって言われる。え無理。1泊でそんな使ったらお金なくなってしまう。
てかこの時、いまいち400ドルがいくらなのか分かってなかったので(というか大体分かってるけど実際札束出して、これ何枚?とやらないと自信がなかった)、100ドル札出して「これが4枚っすか!?」って聞いたら、お姉さんちょっとキョロキョロして「イエス。早くしまいなさい」て言われた。しびれた。

断って出る時のお姉さんのスマイルがたまらなかった。スタイリッシュやった。
それからしばらくまた歩くもホテルは一向に現れない。
途中、日本の声がして思い切って聞いてみる。男4人、女1人のグループ。女の人が1軒知ってるって言われて地図も書いてくれたけど、歩いて行くのは無理でタクシーで5ドルくらいらしい。お礼を言って別れたが、歩いて他を探した。(←なんで?汗)

マクドナルドやドミノピザとかなり都会な様子になってきて、夜のアメ村みたいな雰囲気やし本気でそろそろヤバいと思ってきたところ日本人の女性2人を発見。
話しかけると無茶苦茶良い人たちで、ホテル10軒くらい電話してくれた。。2人共、今でいうスマホみたいなんでいっぱい探してくれた。。
でも週末なのがネックで、どこもソールドアウトらしく、30分くらい時間を使わせてしまったので「もういいです、ありがとう」と言ったが、心配とのことで友達にも聞いたりしてくれた。。

そのポシェットあかんで(防犯的に)みたいなツッコミもされつつ、終始楽しく接してくれた。関西人やったんかな?あの2人はなぜニューヨークにいて、どういう人生を送ってるんやろ。
ヤフーとか検索してくれて8hotelに電話してもらったら、ツインの200ドルの部屋が空いてたので予約してもらった!パスポートナンバーやら住所を伝えてもらい、もうほんとにお世話になりまくって、タクシーで行きって言われて一緒に写真撮って別れた。お金だけじゃなくて命拾いしたマジで。。

おねーさん達がいっぱい調べてメモしてくれた(たぶん)。

タクシーで7ドルくらいで着いたから、10ドル渡して「Thank you good night.」(安堵感からの余裕のセリフ)
フロントでは多少ややこしかったけどチェックインできた。3dayと伝えたけど、それはまた明日予約してねと言われて出来なかった。

1泊目は252ドルだった。

もう部屋に入った時はヘトヘトで、ぐったりしてた。でも晩御飯だけは食べなと思って、吉野家やハンバーガー屋を見つけたけど、どこももう閉まってて(PM11:00)小さいスーパーみたいなとこでジュースとNEWSPEPER(なんで?)とグラムで計って買うバイキングで持ち帰りした。(15ドル)

ホテルで食べたけど、レタス苦いし、オレンジ甘くないし、全体的にあんま美味しくなかった。。食べたら寝てて、AM1:30くらいにアカンわって思ってコンタクト外して寝た。ぐったりしてた。。テンションもぐったり。

1日目:東京から成田で初日終わった

それはもう人生の賭け。ニューヨークに行くとかそんなんもうどうでもよくて。とにかく頭の中は神戸から東京へ行くまでの夜行バスで、隣の席に可愛い女の子が来るかどうか。問題はそこやった。
夜行バスという密室空間の中で偶然座り合わせた男女が、夜景を見ながら朝までヘブンズドライブ。悪くない。この際ニューヨーク飛べなくてもいい。
いたって通常運転で朝の東京駅に放り出されましたけど。

JR神戸駅から東京八重洲までの夜行バス。たか。

東京へ来たのは人生3回目だけど、そう言えば東京駅の外観はまだ見たことなかったなーてことで、取りあえず見学してみる。時間もあるし。
が、その外観は僕が思い描いていたものとは程遠く、言わばふつーなビルっぽい造りに「東京駅」って書いてあるだけだった。あれ?新しくなっちゃったのかなー。記憶の中ではなんとなく赤レンガ造りだったりしたんだけどなー。さらにくまなく歩いていると、何やら何個か東京駅があるらしく?思い描いてた東京駅を見つけて記念撮影した。

成田空港に行くリムジンバスはお昼ごろなので、取りあえず時間をつぶそうかと
東京駅構内の軽食屋に入った。中は結構な座席数があるんだけど、人がいっぱい
で埋まっていた。みんなスーツでこれから仕事な模様。仕事前の朝の一服なのか
、コーヒーと煙草の匂いが充満していた。
そんな中、パンパンに詰まったグレゴリーのリュックサック背負って、右手には破けても良いように2重にしたナイロン袋、中には太い筆、ぶんちん、和紙、墨。左手に抱えてるのは畳2丈分の大きさの和紙。足元は雪駄(せった)。ポケットにデジカメはいつでもすぐ取りだせるように。
大荷物抱えた、いかにも観光客の兵庫県民も、席に座る。

みんなトースト食べながらうんざりしている感じの横で、僕は朝からロコモコを
がっついていた。朝弱いマンなんだけど夜行バスやったからテンションが変なんです。しかもこれからニューヨーク。

食べてテーブルで30分だけ寝て、それからドコモショップ八重洲店でケータイの充電をして、リムジンバスのチケット買って、駅の地下街で(出発前に思い付いて良かった)ガムテープやペン、日記用メモ帳、ウエストポーチ(いかにも海外旅行なやつ)を購入、あとATMでお金をおろしたりした。
お店の人はとくに愛想が悪いこともなく、道を聞いたら丁寧に教えてくれるし、その辺はカルチャーショックはなかった。そうこうしていたら、リムジンバス出発の時間になって乗った。成田へ向かう中、外国人いっぱいの車内はもうすでに英語が飛び交っていた。つかもうすでに英語主流。お、お前らまだここは日本やぞ、日本語喋れ!!いきがって英字新聞とか読みやがってー!!とか思いながら、非日常的な光景にワクワクもしてたりする。

これは帰りのチケットやけど東京駅から成田空港までのリムジンバス3,000円。たか。

リムジンバスでは僕が最年少だった。なんとなく嬉しい。バスから一瞬ディズニーランドが見えた。夢の国も現実と隣り合わせだなー。てもう千葉ってことか。成田空港が千葉にあるってことも正直、今回の旅まで知らなかった。

生まれて初めての成田空港着。そういえばこの時以降、15年以上行ってないや。
この時は関西国際空港からニューヨークまでの直行便がなかった。今はあるんじゃないかな。

関空から乗り継ぎで行くか、夜行バスで東京まで行って直通で行くかで迷ってた形跡。

第2ターミナルでケータイ(海外用と思われる)を借りて、第1ターミナルに戻って搭乗手続き。確認もしないでケータイ予約するからこんなややこしいことになった。らしい。

とりあえず9万円分の米ドルゲットしたらしい。

今回は成田空港←→JFK空港往復で90,690円やったみたい!
旅行保険が5,090円。
当時海外のチケット取り方わからんかったから、そこらへんのJTBで手配してもらった。

謙遜抜きで全く喋れない英語力、出発2日前に取った航空チケット、ホテルも予約しないで両手に太い筆と丸めた大きな和紙。「あの場所に行って、自分にできることを何かひとつでもやりたい」とノースウエストの飛行機に乗り込んだ。

たぶん人生初の機内食を食べて、寝た。